今回も続けてポリヴェーガル理論(多重迷走神経理論)について紹介したいと思います。
この理論の素晴らしい点はいろいろありますが、その一つに、
自己否定感や自責感、自分で自分を恥ずかしいと感じてしまう恥の感覚から、解放させてくれるように、「物語」を書き換えてくれることが挙げられます。
何か怖いこと、恐ろしいことがあったときに、固まってしまう、黙ってしまう、抵抗できなくなってしまうことを、神経生理学的に説明してくれるのです。
実際に、外来でポリヴェーガル理論から、患者さんの生きづらさや苦しみを説明すると、何かから解放されたように涙を流す方は少なくありません。
今回は、怖いことが起きた時に、心や体が「固まってしまう」理由についてです。
この記事の内容
1.【ポリヴェーガル理論】あなたが抱える恥や自己否定の物語は書き換えることができるかも?!
1-1.被害者なのに非難されるオカシさ
よく、虐待や性被害などの被害者への心ない非難としてよく聞くのが、「なんで抵抗しなかったんだ」「逃げなかったんだ」などの言葉です。
また、心身の不調をきたす子どもたちの話を聞いていても、
- 「強く言われると黙ってしまう」
- 「いじめられても言い返せない」
という状況は珍しくありません。
そして、それらの無抵抗が、まるで本人の意志によるものであり、「弱いのが悪い」という自己責任であるかのように言われます。
ただでさえつらい状況に直面して、どうすればよいか分からないくらい怖かったのに、慰めてもらうどころか、追い打ちを食らってしまうことが、残念ながら少なくないようです。
それが、被害者である本人には「恥の感覚」として残り続け、自分を責め続けることになってしまいます。
恥とは、自分を責める、否定する感覚です。
恥は苦しみを感じること自体が悪いことのように感じさせ、自分の苦しみを抑圧し、それがまた「弱さ」のように周りに受け止められやすくさせます。
ケアを受けられず、助けを求める気力すらなくなってしまい、孤立してしまうことが、心の傷(トラウマ)を深めてしまうのです。
1-2.動かないのではなく、動けない
しかしそれは大きな誤解であることは、ポリヴェーガル理論からみれば一目瞭然です。
動物は、危機に直面した時に、立ち向かうか、逃げるかの二択を迫られます。
戦って勝てる見込みがあるのか、ないのか。
勝たないのならすぐに逃げねばなりません。
しかし、戦っても勝てない、逃げたくても逃げられないという状況もあり得ます。
そういうときは、第三の選択肢、死んだふり(擬死)をして生き延びるという戦略をとります。
下手に抵抗するよりも、生き延びる可能性が高くなるからです。
- 「抵抗しない」
- 「動かない」
- 「じっと息を殺して固まる」
これらは、心の弱さではなく、自分を守るための生存戦略なのです。
そういう神経(背側迷走神経系)が人間にもあり、防衛本能として機能していることがわかっています。
つまり、怖いことがあったときに「動かなかった、抵抗しなかった、黙っていた」のではなく、「動けなかった、抵抗できなかった、声が出なかった」ということです。
そしてこれは、意識してそうしているのではなく、体の反応であるといわれています。文字通り「頭よりも体が反応する」わけです。
2.凍りつき反応とわかれば、物語が書き換わる
ポリヴェーガル理論を提唱したポージェス博士は、この動けなくなる「凍りつき反応」を、
恥ずべき反応ではなく、生き延びるための意味ある行動であり、恐ろしい体験を耐え抜くための、賢明な判断であったと理解することが大切といいます。
固まってしまったならば「それだけ怖かったんだね、怖い中をよく耐え抜いたね」とねぎらうべきことです。
声が出なかったならば、
- 声も出ないくらい怖かったり、緊張したんだよね。
- 頭も真っ白になっちゃったよね。
- 今はもう大丈夫だよ。
- ゆっくり息をしようね
と気持ちを落ち着けられるよう声をかけてしかるべきです。
そして、そのように物語を書き換えることが、トラウマの治療にとっても極めて大切になります。
このポリヴェーガル理論が広く理解され、当事者の身体や神経に何が起きていたのかを知ることは、
抵抗できなかった被害者たちへの二次被害を防ぐことにもつながり、その後のケアや支援にも極めて大切なことが分かります。
3.不動化は、命を守る防衛本能
ポリヴェーガル理論では、この動けなくなることを「不動化 immobilisation」と言われます。
正確には「恐怖による不動化」です。
凍りつき状態、強制シャットダウンモードとも言われます。
極度の苦しみから心と身体、つまりは命を守るためにとる防衛本能、生き残るための本能的な戦略です。
大きな苦しみを前にした時、生き延びるための戦略として、苦痛の閾値を挙げて、感覚を麻痺させて、時には意識を飛ばすことで、自分を守ろうとするのです。
4.まとめ
理解することが、正しいケアにつながる
最後に、不動化や凍りつき反応を分かりやすく表現している絵本を紹介します。
絵本「くまのこうちょうせんせい」です。
大きな声の、くまのこうちょうせんせいと、小さな声の、ひつじくんの物語です。
ひつじくんはある事情により、大きな声が怖くなり、大きな声をださなかったのではなく、出せなかったのです。
これは、ある校長先生の実話をもとにされた絵本です。
そのあとがきに、そのモデルとなった校長先生の次のようなコメントが紹介されています。
子どもは明るく元気がいちばんと、大人は思い込んでしまいます。
でも本当は、子どもは小さくてよわいものなのです。
子どもたちの痛みをわかちあうのが、大人の役目だと思います
特に子どもたちは、知らず知らず、トラウマを抱えていることが少なくありません。
「事実として何が起きたのか」よりも、「本人がどう感じたのか」によって、体・神経が反応するということは、恐怖などの感覚にも敏感なHSCはなおのことだと思います。
もちろん、HSPもそうです。
「普通はこうするでしょ」という思い込みは、時に相手への一方的な押し付けになり、支援どころか、追い詰めることにもなりかねません。
「感じ方」が敏感で多くの人とは異なるHSP/HSCは、恐怖を感じやすかったり、固まってしまう閾値も多くの人より低いはずです。
ポリヴェーガル理論はHSPにとても大切なことを教えてくれています。
このポリヴェーガル理論の視点がもっと広がり、HSP/HSCはじめ、様々な生きづらさを抱える人たちの痛みを分かち合える社会になってほしいと願わずにおれません。