- こちらの記事で、ポリヴェーガル理論から、「頭よりも体のほうが賢い」という話をしてきました。
今回は、このことについて、続けて考えてみたいと思います。
この記事の内容
1.【ポリヴェーガル理論】「なんとなく」は「気のせい」ではない?
私達は、「なんとなくホッとする人」もいれば、「何か合わない人、一緒にいると落ち着かなくなる人」もいますよね。
相性が合うとか合わないという言い方もされます。
相手の何が良くて、何が嫌なのか、言葉では上手く説明できないけど、なんとなく心地よかったり、身体が拒否するような感覚は誰もが経験したことがあると思います。
何か嫌な感じがすることを「生理的に受けつけない」という言い方もします。
これは実は、頭で考えてのことではなく、「自律神経系」が今の状態を判断しているからです。
ポリヴェーガル理論では、周囲の状況が安全か否かを感じ取り、判断している仕組みを、ニューロ(神経)セプション(受容)とポージェス博士は名付けています。
これは「意識を介さず」に、なんとなく身体全体で感じるものだとされます。
ニューロセプションは、環境のリスクを評価するものであり、そのリスク評価に応じて体の反応を促すものです。
2.頭より早く、身体がリスクを評価する
動物にとって、今いる状況が安全か危険か、目の前や周囲にいる相手が味方なのか敵なのかの判断は、まさに死活問題です。
その一瞬の判断が命取りになることすらあるからです。
そのため、頭で考えて、
- こいつ強そうだな
- こういう作戦で戦えば勝てるかな
などと悠長に考えるよりも先に、
- 戦うのか逃げるのか
- 逃げることすらできない生命の危機的な状態なのか
を瞬時に判断する必要があります。
人間の場合も同じで、頭で考えるよりも先に、意識を介さずに、身体が反応するというわけです。
そのときに何を持って評価するのかは、
- 相手の顔の表情
- 抑揚やリズムなどの声の調子
- 視線やまなざし
- 姿勢
- 呼吸の大きさや速さ
などの信号を判断材料にしているといわれます。
それらを瞬時に読み取り、安全か危険かを判断します。
このときの評価は、客観的にみて安全か危険かではなく、本人が安全と感じるか、危険と感じるか「主観的な評価」というのが一つのポイントです。
つまり、同じ環境にいて自分だけ恐怖を感じるけれど、他の人はあまり恐怖を感じていないということもあります。
そうなると、
- 「自分が怖がりすぎているのかも」
- 「自分が弱いからそう感じるんだ」
- 「感じ方がおかしい」
- 「気にしすぎ」
と自他共に思いがちですが、そういうものではありません。
体の感じ方に正しいも間違いもありませんし、そう感じていることは事実なのです。
脳や神経が反応しているのです。
恐怖の只中にいながら、その恐怖感すら否定されることは、援助の可能性がなくなり孤立を意味します。
頭で考えて恐怖を認識しているのではなく、体が感じているのですから、考え方だけではどうにもなりません。
まずは「こんなこと思ってたらだめだ」「気にし過ぎなんだ」と自分を責めるのではなく、【身体の声に正直になる】ことが大切です。
2-1.「他人の評価」という名の「トラ」
それらのリスク評価にもとづいて、神経回路が自動的に適切なパターンのスイッチをいれます。
- 安全:つながりを求める腹側迷走神経系(リラックスモード)
- 危険:可動化の交感神経系(闘うか逃げるかモード)
- 生命の脅威:不動化してシャットダウンする背側迷走神経系
現代の我々は、ジャングルに住んでいるわけではないものの、「他人の評価」という名のトラに囲まれています。
そのため、サバイバルモードで生きている人は少なくありません。
ポージェス博士も、ニューロセプションは、他者の動きの「意図」に反応するといいます。
その意図が現れやすいのが、顔の表情、抑揚やリズムなどの声の調子、視線やまなざし、姿勢、呼吸の大きさや速さです。
目は口ほどに物を言うというように、穏やかな柔らかい眼差しの人がいると、こちらも気持ちが和らいで、ホッとします。
反対に、横目できつく睨まれると、こちらも警戒して、臨戦態勢に入ります。
穏やかで抑揚のある、明るい声を聴くと、こちらも共鳴するように心地よい対話がしやすくなります。
反対に、早口で低くて抑揚のない声だと、気まずく なったり、売り言葉に買い言葉でつい防衛的になり、喧嘩腰になってしまったり、何も言えなくなってしまったりします。
寝ても疲れが取れなかったり、病院に行っても問題ないと言われるけど、なんとなくしんどいという人は、もしかしたら神経がサバイバルモードになっていて、常に戦っているからかもしれません。
3.ニューロセプションは、誤学習もする
また、このニューロセプションは、判断は早いし、賢いは賢いですが、常に正しい判断をしてくれるかと言うと、必ずしもそうではありません。
ニューロセプションは、客観的に判断するものではなく、経験的に学習されたものだからです。
安心して過ごせることが多かった人は、適切に安全と危険を神経が判断できるように学習しており、
安全な人とは安心して仲良く過ごせ、危険な時は立ち向かったり逃げたり、適切な反応が取れます。
一方、過去に、周りに気分の変わりやすい人がいていつも緊張していたとか、怒られることが多くて警戒し続けていると、常に危険信号ばかりを探すようになります。
ちょっとした刺激にも過敏に反応し、人目が過度に気になり、すぐに不安を感じやすくなります。
私たちの反応の多くは、意思で決めているのではなく、ニューロセプションによって決めること、そしてそのニューロセプションはどんな経験をしてきたかによって大きな影響を受けるということです。
4.自分を尊重することから始める
もしあなたが、 危険ではないのに不安になりやすかったとしたら、その不安は気のせいではありません。
不安に感じやすいのは、過去にサバイバルモードで頑張っていたからでしょう。
その不安は心の弱さではないし、考え過ぎでもない。
今までそれだけ頑張ってきたということです。
ポージェス博士も、次のように言われています。
「悪い反応といったものは存在しない。あるのは適応反応だけだ。 まず大事なのは、私達の神経系は私達が生存するために正しいことをしようとするということであり、そして神経系がしたことを私達は尊重する必要があるということだ」
自分の状態が、いいとか悪いとかではなく、強いとか弱いとかでもなく、それは、生きるため、生き延びるために、適切な反応をしてきたんだと、ありのままに認められると、一つ、呪いが解かれるのではないでしょうか。
「自分はなんて弱いんだ」
「なんで自分はこんなにダメなんだ」
まずは、そういう呪いがかかってしまっていることに気づけること、そして、その呪いを少しずつ解いていくこと。
そこから、色々なことが動き出していくのだと思います。
「興味深い矛盾は、私たちがありのままの自分を受け入れることができると、成長できるということだ」(臨床心理学者 カール・ロジャース)
参考文献:津田真人著「ポリヴェーがる理論への誘い」、星和書店、2022年