疲れやすいHSPにとって、とにかく休みたい、1人になりたいという人は少なくないと思います。
しかし、休みたいのに休めない、休むことへの罪悪感がつらい、という人も多いのではないでしょうか。
私は数年前まで、休んでいいのは、
熱が出たり、具合が悪すぎて起き上がれなかったりと、
体が動かなくなった時だけだと本気で思っていました…
体も心もいっぱいいっぱいなのに、
「きっとみんなも同じようにこんな中で頑張ってるんだ」
「周りの人が頑張っているのに自分だけ休むなんて許されない」と思い込んでいました。
この、休むことに対する罪悪感は結構根深い問題だと感じます。
HSPの当事者研究、第4回目のテーマは、【休むことに罪悪感を感じるのはなぜ】です。
当事者研究についてはこちらの記事をご覧下さい。
この記事の内容
1.HSPの当事者研究④~休むことへの罪悪感はなぜ起きるのか?
まず、この問題はHSP特有の問題では無いかもしれません。
というのも、自己肯定感が低い人が抱きやすい気持ちだと思うからです。
ただ、HSPは子どもの頃(HSC)から、その気質ゆえに自己肯定感を育みにくいと言われます。
そのため、多くのHSPが抱えている悩みになっているのかもしれません。
まず、この悩みがでてくる時は、どんなときなのかを考えてみると、
- なんとなく疲れているけど、体がまだ動く時
- 特に理由はないんだけど休みたい時
- 実際に休んでみたけど、休まらない時
色々ありますよね。
1番つらいのは、3つ目の休んでいるのに罪悪感に苛まれて休まらないことだと思います。
私もうつ病での休学中や休職中、この罪悪感に苛まれてものすごくしんどかったです…
1-1.そもそもなぜHSPは休むことに罪悪感を感じやすいのか?
HSPだけの問題ではないと書きましたが、HSPだからこそ感じやすいこともあると思います。
それは、HSCの頃から、周りの目を気にして、人から言われたことをものすごく強く重く受け止めがちなのがHSCだからです。
子育てハッピーアドバイスの中で、そんなHSCについて書かれてあるところがあります。
人一倍感受性の強い子の場合です。子どもによって、10叱っても1しか受け取らない子もいます。それがふつうの子どもです。
ところが逆に、10言っただけで、100受け取る子もいるのです。そうすると、同じように叱っていても、受け取り方に100倍の差が生じます。
親としては、この子だけ叱るわけではない、同じように叱っているつもりなのですが、敏感な子の場合は、知らず知らずのうちに、大きく受け止めすぎて、「自分はだめな子なんだ」「いらない子なんだ」と思ってしまっていることがあるのです。
出典 明橋大二(2011).P117.『子育てハッピーアドバイス 大好き!が伝わるほめ方・叱り方2』
私達は子どもの頃から、たくさんのことを周りの大人から言われて育ちますよね。
- 人に迷惑をかけては行けません
- 人に優しく自分に厳しく
- 人の役に立てる人になりなさい
- 若い頃の苦労は買ってでもせよ
- 諦めずに最後まで頑張ることが大事
- 1度始めたことは途中で投げ出しては行けない
- 怠けていたらろくな大人になれない
などなど挙げればキリがありません。
こういうことの一つ一つを、HSCではない子と比べて、場合によっては100倍も強く受け止めていたら、どうなるでしょうか。
大人が言ってる言葉を真面目に間に受けてしまうと、
上に挙げたようなことを、【絶対守らなければならない決まり事】のように受け止めてしまうことが多いのではないでしょうか。
そうなると、本当にしんどいですよね。
疲れて休みたいと思っても、
- 休んだら自分の仕事が人にいって迷惑をかけるかも
- これくらいで休むなんて怠けえている
- 人の役に立たなきゃいけないのにその逆のことをするなんて
と自分を否定する言葉がどんどん浮かんできてしまいます。
その敏感さゆえに、大きく受け止めてしまいがちなHSCが、
怠けてはだめ、いつも頑張っていないといけない、休んで人に迷惑をかけるなんて許されないと思い込んでしまったまま大人になったら、
休むなんて論外と休むことへの罪悪感が起きるのも当然だと思います。
2.罪悪感から開放されることはあるのか?
この罪悪感から開放されたい、と願う人も多いですよね。
もちろん私もその1人です。
特に数年前までは、息子を育てているからと言って仕事をしていないことが耐えられないくらいでした。
ですが今は、休むことへの罪悪感はほぼありません。
何をしてきたのか、振り返ってみます。
2-1.HSPの気質を持つ自分自身についてよく知ること
まずは、HSPを入口として、私自身を知るためにいろんなことをやりました。
休むことに対する罪悪感は、
【周りの人は頑張っているのに、同じような頑張れていない自分】に対して出てくることが多いのではないでしょうか?
この、
- 周りより頑張っていない自分
- 劣っている自分
と思い込んでいましたが、本当にそうなのか?と考えるきっかけになったのが、HSPの概念でした。
HSPを知れば知るほど、「え、みんな同じように感じて生きているわけじゃないの?」と目からウロコがポロポロでした。
感じる情報が多いHSPは、ただの日常でも疲弊してしまうくらい疲れてしまいがちですよね。
そんな疲れてしまう中で、もっと頑張らなきゃ、周りはもっと頑張っているんだからと自分自身を責め立てても頑張る気力は起きてこないです。
だからまず最初に、HSPの気質をもつ自分は、頑張っていないのではなく、もしかしたら頑張りすぎているのかもしれないと一旦立ち止まるって、自分自身を正しく評価してみるのが大事でした。
3.それでも休みにくい…休む基準がほしい
自分は思っていたより頑張って生きているんだ、疲れやすいんだから休み休みいかないと、と理解したとしても、
そうは言ってもやっぱり休みにくいですよね。
長年の考え方がそう簡単に変わるわけないです。
倒れたら休む以外に、こうなったら休んでもいいという、休む基準がほしいとよく思っていました。
私はこういう時、視点を変えることで考えています。
視点を変えるとは、例えば自分のことを隣の人のことで考えてみることです。
- 疲れていて休みたいと思っている
- なんて言って休んだらいいのかわからない
- 怠けていると思われないか不安
こうした休むことに対して出てくる不安を、もし隣にいる人があなたに相談にしてきたら、なんと声をかけますか?
「そんなに疲れているなら、ちゃんと休んだ方がいいよ」
「疲れてるから休みますでいいんじゃない?言いにくいなら、家の都合ででもいいじゃん」
「疲れる時は誰にでもあるんだから怠けてるなんて思わないよ」
などなど、その人が休めるようなことをって言いませんか?
HSPの多くは、他人にはやさしくても、自分のこととなると責めてしまう人が多いように感じます。
こんな風に、相手が相談してきたと考えたら、自分なら休んだ方がいいよと返事をするなと思う時は、休むことにしています。
これが私の基準です。
自分のことはわからないものですよね。
でも人のことなら結構わかったりするので、それを使うということですね。
また、この方法には他にもメリットがあって、【怠けていると周りに思われないか不安】という気持ちが楽になることがあります。
それは、人が休みたいと言っても自分は怠けていると思わないと気づけるからです。
私はそうは思わないけど、人は思うかも…と言う気持ちも最初は消えませんが、回数を重ねるにつれ、
案外、人は周りが休むことに関してあまり何も思わないと思えてきて、休む罪悪感がだいぶん楽になりました。
4.まとめ
今回は、休むことに対する罪悪感について書きました。
根深い問題なのでそんな簡単に解決できるものではありませんが、自己理解が深まれば深まるほど、
休むことの必要性がわかってきて、自然と罪悪感は薄れていくと思います。
そして、早め早めに休む癖がついていくと、あれ?この方が倒れちゃうまで頑張るより、結果頑張れる時間が長くて効率がいいなと私は気づきました。
無理し過ぎないで、自然体で生きられるHSPがどんどん増えていくといいなと思います。