逃げていたら強くなれないってほんと?逃げられないと人はどうなる?!

診療の中でよく聞く誤解の一つに「逃げていては強くなれないから、つらくても耐えないといけない」というのがあります。

某アニメでも「逃げちゃだめだ、逃げちゃだめだ」という有名なセリフがありますし、「背水の陣」とか「退路を断てば、活路が見える」「窮すれば転ず」などの名言もあり、逃げることはよくないことだというイメージが強い人は少なくないと思います。

しかしこれは、諸刃の剣のような危うさをはらんだ考え方です。

実際にこのようなイメージが「呪い」のように自分を縛りつけ、追い詰められてしまっているHSP/HSCはけっこう多いのではないでしょうか。

そこで、今回は「逃げる」ことは本当によくないのか、逃げなければ強くなれるのか、逃げたら強くなれないのかについて考えてみたいと思います。

1.逃げていたら強くなれないってほんと?逃げられないと人はどうなる?!

高木英昌
児童精神科医です。自分を知ることで楽に生きられる人が増えることを願っています。

逃げることの意味を考える上では、「逃げられない」とどうなるのかを知っておく必要があります。

たとえば、動物がジャングルで敵に遭遇し危険に直面すると、まずは「戦うか逃げるか」が選択肢にあがります。戦って何とかなるなら立ち向かうでしょう。しかし勝ち目がないときは「逃げる」ことが適切な生存戦略となります。

そして、戦っても勝ち目がないし、逃げることもできないとなると、動物は「仮死状態」となるよう神経が反応し、無駄な抵抗をやめて少しでも生き延びる可能性を高めるという戦略をとります。

人間も大きなストレスに直面した時は、自分なりに頑張って対処しようとしてみたものの、手に負えなかったり、自分ではどうしようもないときは、逃げたくなりますよね。

人間の場合は、誰かの助けを借りるとか、「立ち向かうか逃げるか」というほど単純な選択肢にはならないことが多いと思います。しかし、こと、ポリヴェーガル理論からみると「逃げる」ことは、凍りつくほどの危機から脱するための、大切な手段の一つであることがわかります。

  • 背側迷走神経系(Freeze:凍りつき)
  • 交感神経系  (Fight / Flight:戦うか逃げるか)
  • 腹側迷走神経系(安心・安全、リラックス)

そして「逃げちゃだめ」と退路を断ってストレスに耐え続けていると、苦しい・つらいという感覚をマヒさせて(フリーズして)やり過ごすようになってしまいます。

感覚がマヒすると「何が苦しいのか、何が嫌なのかがよくわからないけど、とにかく嫌」と感じたり、何が嫌なのか自分でもよくわからないと「逃げてばかりの自分はなんてダメなんだ」と自責的になったりもしやすくなります。

状況を冷静に分析して、対処することが難しくなってしまうのです。「苦しくても逃げてはいけない」のでは、強くなるどころかストレスにうまく対処できなくなってしまうのです。

2.学習性無力感という状態に

「学習性無力感(LearnedHelplessness)」も似た状態といえそうです。これはアメリカの心理学者マーティン・セリグマンが、ある実験をもとに提唱した概念です。

犬を2グループに分け、電気刺激にさらされる状況で、スイッチを押せば回避できる群と、スイッチを押しても電気刺激がとまらない群とします。すると、スイッチを押しても苦痛が止まない群の犬は、スイッチを押せば苦痛を回避できるようになっても回避しようとしなくなったというものです。(実際には他にも色々な実験が行われたようです)

苦痛から逃げようとしても逃げられないと、逃げようとする意思そのものが挫かれてしまう、感覚をマヒさせたり、ただひたすら耐えるしかない、という「無力感」を学習してしまうわけです。

英語では「Learned Helplessness」と表現されるように、特に「Helpless」であることを学習してしまうようです。

  • 「どうせ自分なんて助けてもらえないんだ」
  • 「助けてもらえる価値がないんだ」
  • 「助けを呼んでも無駄なんだ」

という無力感や絶望感、孤独感は、苦痛を長引かせ、増大させるものとなりえます。このことからも苦痛から「逃げる」ことには大変重要な意味があるのです。

3.逃げるから強くなれないのではない 逃げ道があるから、人は頑張れる

では「逃げる」とはどうすることをいうのでしょうか。まずは「逃げたい、やりたくない」という気持ちを素直に言葉にしてみることです。

  • 学校行きたくないときは「行きたくなーい!」と叫んでみる。
  • 宿題やりたくないときは「やりたくなーい!」と吠えてみる。

そして、できれば「なぜやりたくないのか」「何が嫌なのか」を考えてみます。気持ちが言葉で整理されると、意外と落ち着くこともあります。気持ちの逃げ道を作ることで、逆に頑張れたりもするものです。

気持ちを吐き出すこともできないと、ただただツラさが蓄積して、余裕がなくなり、心が追い詰められてしまいます。「伸びるためには縮まねばならない」といわれるように、一旦弱気や不満を吐き出すことは、人間として自然体でいるために大切なことです。

また「やるか、やらないか」という二つの選択肢があることで、「なぜやりたくないのか」あるいは「なぜやるのか、やらなけばいけないのか」を自問し、モチベーションが湧いてきたりもします。

「逃げちゃダメ」という一択だと、考える余地もなく、考えるクセもつかず、自主性も育ちにくくなってしまいます。「自分のことは自分で決められる」という自己コントロール感、「いざとなったら逃げられる」安全基地の確保が、意欲の原動力となるのです。

4.まとめ~逃げるとは、環境を変えること~

多様性を重んじられている現代においては、「逃げる」という言葉遣いをもっと中立的な言い方にすべきです。「今の場所は合わないから環境を変える」とか。

悪い意味で使われる「逃げる」は、「その場所にいられることが正しくて、そこに合わせられない人がおかしい」という発想からです。画一的で、没個性的な雰囲気をやめて、多様性を重んじようとすれば、「逃げる」という言葉を使うこと自体が不適切であるはずです。

小説「西の魔女が死んだ」では、それを次のような例え話でやさしく教えてくれています。

自分が楽に生きられる場所を求めたからといって、
後ろめたく思う必要はありませんよ。
サボテンは水の中に生える必要はないし、
蓮の花は空中では咲かない。
シロクマがハワイより北極で生きる方を選んだからといって、
だれがシロクマを責めますか。

誰だって、常に頑張り続けることはできません。頑張りどころ、休みどころを見極めることも、生きていくうえで大切な力です。

それは、自分にとって何が一番大切なことなのか、どこが頑張りどころなのかを自問することでもあります。人生は山あれば谷あり、アクセルふんだり、ブレーキを踏んだりしながら、両方を上手に使い分けることが安全運転、快適な人生行路の旅をおくりたいですよね。

本当に頑張りたいときに頑張れるように、逃げ道や安全基地を確保し、上手に休めるといいですね。